「露草潰し」

私の大好きなお母さん。ここさいきん寝込むようになった。もともと体が丈夫じゃなかった。やせたお母さんはベッドで寝てる。私はお母さんの頭をなでてから学校にいく。

お母さんの次に大好きな、こーちゃんに相談してみた。こーちゃんはほかの男子とは違って、やたらにふざけたり、女の子をばかにしたりしないから私はこーちゃんを好きだ。でもたぶんそれはほかの女の子が言うみたいに恋じゃなくて人間として好きなんだと思う。こーちゃんと一緒にいると安心する。どきどきじゃなくて、安心する。

学校の近くの子は三丁目にすんでる子が多い。三丁目を抜けた先に四丁目と五丁目があって、私とこーちゃんは五丁目のさらに奥の海の近くに家がある。

五丁目は子供の数が多い。みんなと一緒に帰ると、まず三丁目で学校の近くの子とバイバイして、四丁目で公園の周りの子とバイバイして、五丁目で竹藪の近くの住宅地のみんなとバイバイしたら私とこーちゃんだけになる。私はこーちゃんになにか話すときは五丁目を過ぎたあたりを選ぶようにしてる。

こーちゃんにお母さんのことを話す。こーちゃんは黙ってきいている。そうして一通り話し終えたところで、こーちゃんが呟く。「お金がないからな、俺らは」

まえに五丁目の近くで小さい子猫が捨てられてた。ちょっと病気みたいだった。私がその子猫を抱っこしてるとこーちゃんが来て、あまり顔には近付けないようにと言った。私はどうしても子猫を助けたくてこーちゃんに相談したけど、小学生の私には子猫を病院に連れて行くお金がない。千円だってない。車もない。それはこーちゃんも一緒だった。私はすごく悔しかったし情けなかった。いくら学校で理科とか社会とか家庭科とかいろいろ勉強してても、まだ子供だから力がない。なにもできない。

こーちゃんは、家から洗濯カゴと、使い古しのタオルを持ってきて、救急箱の消毒薬をつけて子猫のからだを拭いた。もう日が暮れてたから、私に先に家に帰って石鹸で手をよく洗うように言った。こーちゃんは洗濯カゴに子猫をいれてどこかに行ってしまった。

次の日になって、あのあと子猫はこーちゃんが学校に持って行って、まだ学校に残ってた保健の先生に頼んで、保健の先生がいったん家につれて帰ったことがわかった。そのあと六年生の誰かが猫を引き取ったらしいときいた。

私はなにもできなかった。

私は道端の露草を指で潰していた。指先は藍色がかった紫に染まった。

「いまからおまえんちに行っていい?」とこーちゃんが言った。私は指先の染まったままこーちゃんと一緒に家に帰った。

「おまえのお母さんを治すから。いいって言うまで部屋には入るなよ」

私はただうなずいた。こーちゃんは魔法遣いみたいだ。きっと明日の朝、お母さんのからだはよくなるのだろう。近くで猫の鳴き声がする。私は指先を見ながら微睡み、そのまま縁側で眠った。

もどる