「宝石の名前、花の名前」

『結ちゃんへ。
久しぶり。元気かな?
カナです。
今年の冬に結婚します。
式はまだ計画中なので、あとで招待状を送ります。』

久しぶりに幼馴染兼かつての親友から届いたのはこの質素なメールひとつだった。
私はすぐに彼女に電話し、とにかく会おう、会って話そうと約束をした。彼女は電話の向こうでへらへらと笑っていた。

まだすこし暑い10月だった。私は19才の大学生で、遅生まれのカナはまだ18才であるはずだ。

待ち合わせ場所に指定した駅前で、実に一年ぶりにカナに会った。
短かった髪は伸びていてゆるやかにパーマがかかっている。高校の制服姿しか見たことのなかったカナの私服姿はみていて違和感ばかり覚えた。
膝丈のスカートに、黒のタイツ。暗い色のカーディガン。全体的にモノトーンなカナの、左手の薬指だけがまるで、血のように紅く光っていた。
「ルビー、それともガーネット?」
と尋ねると、大きな瞳が揺れて
「宝石に名前があるの?よくわからない。赤いってことしか」と不思議そうに答えた。
まだ高校生のころ、一緒の帰り道で私が咲く花の名前を次々挙げては、すごいね詳しいね博識だねと感心してくれた彼女。
「私も女の子だけど全然知らないや、駄目かなあ。勉強したほうがいいのかも。」
「しなくていいよ。しちゃ駄目だよ。」
カナのほうが私よりずっと女の子らしかった。私より髪は短かったけど、その大きな瞳、物腰のやわらかさ、ふんわりとした雰囲気。名前なんて知らなくてもカナの手に、髪にこそあらゆる花が似合うんだ。


「結ちゃん、やっぱり怒ってるの?」
カナが私の顔を覗き込むようにしてそう訊いてきたとき、私の脳天は雷鳴が轟くようだった。この女は、カナは全て分かって私の心を乱している。
「そうやって訊くってことは、私に対してすこしでも悪いな、って気持ちがあるの?」
こんなことを云って彼女と喧嘩になったり言い争うのを望んでいるんじゃない。本当は。それでも、問い詰めるしかなかった。そうするしか最早ないのだ。
「相手の人はね、すごくいい人なの。格好良いの。でも私のことを好いてくれてるわけじゃないの。ある条件があってね、それを私がいいよ、って言ったらすごい嬉しそうにして、そのとき初めて笑ったのね。その男の人。だからこれでいいや、と思って。」「遠い親戚の人なんだよ。お母さんが会わせてくれたの。かわいそうな人なの。かわいそうなひとには優しくしてあげなきゃ駄目でしょう?」「その人と結婚するんだよ。奥さんになるんだよ。新婚さんだ、うそなんか本当じゃないみたい。おかしい。」「結ちゃんは何で怒ってるの? 私が結婚するのがそんなに嫌なの? ねえ何か言ってよ。説明して欲しいの?」「相手の人について知りたいの? 苗字は私と一緒だよ、お父さんの親戚だから。だから、あんまり新鮮だとかいうのはないね。苗字が変わらない結婚って、ほとんど何も新しくない感じがする。」
私が押し黙ってもカナはいっさい困らないふうにしてべらべら喋る。
「結婚式はね、一応するってことになってるけど、乗り気じゃないの。だってする意味がないから。」
「お父さんはね、外国の教会でしなさい、って笑っていうの。おかしいよね。だって仏教徒だよ? 神さまのことなんて少しも知らないもの。……でもお寺じゃ結婚式しないよね。神社だよね。どうしてるんだろう、仏教って」
カナはこっちを向いてるけど、私の眼をみていない。
「それでね、結婚して、その男の人の家に行って、死ぬの。」
思いもよらぬ単語に、私は反射的に発言する。
「……何言ってるの?」
「え、だからね、結婚して、その男の人が私を殺したいんだって」
「どういう事?」
もうどうでもいい、という気持ちで彼女の言葉を聞き流していたけど、さすがに異常だと思って訊き返した。しかしカナは今までと同じ調子で繰り返す。
「その人のお母さんがね、どうしてもその人に結婚して欲しくて、お嫁さんが欲しいんだって。後継ぎで子供もいるんだって。男の子を。でもね、その男の人は自分のことが嫌いだから、子供を作る気はないの。小さい自分が出来ちゃうでしょ? こわいんだって。自分のお嫁さんの膨らんだお腹を見るのだってすごい恐いって。」
「私も、ずっと小さいときに妊婦さんをみて、すっごい恐かった。おかしいじゃない、太ってるわけでもないのにお腹がすごい膨らんでて、そこに赤ちゃんが入ってるって、信じられない。なんでお腹の中なの? カンガルーみたい。」
「で、その男の人はね、自分が結婚して、その花嫁さんを殺しちゃう夢を子供のときに見て、もうそうしなきゃいけないと思ったから、いま大人になったけどそれを叶えたいんだって。私も別に構わないから、協力するの。」
「だってすごいかわいそうなひとじゃない? 本気で思ってるんだよ、そういう事。だから私は手伝ってあげるの。ふたりで、そのひとのお母さんを裏切るの。」

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