「冬の朝、高架下にいる女の子と」

僕は、あの女の子の名前がどうしても思い出せない。

これは彼女のただのひとかけらだ。

石のベンチにふたりで並んで座った。僕はそっと a の手を握った。

きょうはもう学校なんか行かなくていいと思った。

a が手を握り返してきたので、たまらず、顔も見ずにいきなり抱きしめた。朝靄のなか冷えていた体がどんどん熱くなってくる。心臓がひどくうるさい。
僕は a の柔らかくあたたかい胸に顔をうずめた。
a は何も言わず、僕の頭をひたすら撫でていた。それが心地いいので、しばらくそうしていると、a の手は僕の髪をくしゃくしゃにしたり、背中を撫でながら往復したりした。
僕はずるりと滑り込み、 a の膝を枕にした。脚がもぞもぞ動く。鞄の金具の音が小さくかちゃかちゃと鳴る。手はずっと繋いだままだ。
また a が僕の頭を撫でる。スカートと黒いタイツ越しの膝はあたたかい。下腹部のやわらかさも少し感じる。
繋いでいる手と僕の吐く息はとくに熱い気がした。
そのうち、堪えていた涙が瞬く間に溢れ出した。涙はスカートに小さな染みを作り、僕は小さく嗚咽をあげた。 a の太ももが濡れて、蒸すみたいに熱がこもる。
「ごめんね」
a がぽつりと呟いた。僕は聞こえないふりをした。

もどる